誰でも聞いたことがあるでしょう。
「自信は後からつく。だから考えるよりやれ」
「自信がないなんて最初は当たり前。まずやれ」
寄り添いかと思いきやただの根性論
それっぽい事を言い出す人に悩まされていませんか?
これは
- しっかり考えてから行動したい。
- わからないのにむやみに動きたくない。
- 情報もないのに何をやれと?
- 知らないで行動した結果ああなったら自分の責任なんでしょ?
のように、慎重に考えてから動きたい人にとっては無責任な助言です。
なかなか一歩が踏み出せないぐらい考え込んでいるのに「考えるよりやれ」は、探せば安全な経路があるかもしれないのに、崖から崖へ飛び移れと言われているようなものです。
特に、人生において大切な決断の場合では「考えるより行動したら?」は非常に無責任です。気になることがあるのなら、無責任な人の声を聴くより0秒でググりましょう。
また「気合で頑張れ」のような根性論で行動を促すような方法もよく聞きますし、皆さん自身も誰かに「気合で何とかするわー」と、気合に頼った発言をした事がありませんか?
実はこの気合に頼る方法は長続きしません。
これらの
「考えるより行動しろ」
「気合で乗り切れ」
「根性出せ」
で何事も乗り切ろうとする考え方は科学ではすでに時代遅れです。
これらを作業興奮と言います。
作業興奮とは? エビデンスレベル2
作業興奮
Emil Kraepelin
作業興奮とは、行動し始めると側坐核という部位が活性化し、ドーパミンが分泌されて集中力や、やる気を感じるという脳の仕組みで、これは実際に多くの研究でも確認されています。
先に動く→気持ちが乗ってくるという経験は確かに科学的に見ても本物です。
すなわち、とりあえずやってみれば没頭することがあるのは本当で、それが成果につながるという考え方には一定の根拠があります。
掃除を嫌々始めたら止まらなくなった、勉強をはじめたら集中しだした。などがあたります。
具体的なメカニズム
ドーパミン作動系の刺激によって前頭前野(意欲・意思決定)と線条体(やる気の中枢)が活性化する。
これは「やる気が行動を生む」のではなく「行動がやる気を生む」ことを意味します。
(Arnsten, 2009)
「えっ・・じゃああのクソ上司が言ってた事はマジなのかよ・・・気合で何とかしろってこと・・?」
そう思ってしまいますよね。
そして、多くの人が
「気合で何とかしなきゃいけないのか・・」
「自分の頑張りが足りないのか・・」
「とりあえず頑張らないとなのか・・」
のように、エネルギーを振り絞らなくちゃならない想像をし、億劫になる事でしょう。
ですがここからが作業興奮の落とし穴です。
その気合で乗り越えた先、きちんとスキルも能力も身になる保証があると思いますか?
そんな想像がつきますか?
気合で乗り切ったのに「よくやった、じゃあ次はこれも!根性あるお前ならできるよな!」と言われそうではありませんか?
リスク解説をしっかりお伝えしますので、気合で乗り切るべき事柄なのかどうか判断をつける目安としてください。
作業興奮に頼る落とし穴3選 エビデンスレベル1
繰り返しますが、短期的には効果がある方法です。
例えば、週に1回または月に1回に大きな掃除をする必要がある場合には
「めんどくさいのはわかるけど、必要だから気合で乗り切ってくれ」
この場合は、掃除がちゃんと終わる達成感の獲得や、頻繁に気合に頼ることがないとわかりきっているため、短期的という面では適しています。
ある程度の理論に基づいた声掛けです。
ですが、これが2日に1回あるとなれば話は変わってきます。
「いつまでこんな頻繁に気合を酷使させてくるつもり?」
このような疑問が抱くような事柄であれば危険です。
特に、長時間労働やノルマ過多の企業で抑うつやバーンアウトが多いのは、このように作業興奮を使いまくっていることが理由の1つに挙げられることがわかっています。
さてここからは作業興奮について
この3つの重要な懸念を解説していきます。
長期で使うテクニックではない
例えが伝われば幸いですが、作業興奮はガソリンではなくスターターです。
つまり、あくまできっかけであり、長期的なエネルギー源(内発的動機・体力・心理的余裕)がなければすぐ息切れします。
嫌いな仕事や対人が億劫な環境だとすぐ逃げたくなり、我慢が足りないように感じるのはこれです。
「スタートの威勢だけはいいのに・・」の正体です。私は何度も経験しています。
多くの企業文化では「やる気が無いのは甘え」「モチベーションとか考える暇があったら動け」という方針を聞いたことがあると思いますが、これは兵士的な働き方(命令→即行動)を前提とした旧時代の価値観です。
特に「内発的動機(やりたい気持ち)」を持たず、強制的にやるしかない状態で続けさせると、自律神経やホルモンバランスに悪影響を及ぼすことが分かっています。
初めのうちは機能してくれますが、成功体験や「もっと能力を上げたい!」「上達していて楽しい!」「あの人がいるから頑張ろう!」「趣味が楽しくなった!」「これは自分のためになるなぁ」と、ポジティブな影響を得て内発的動機を高めないと持続はかなり困難です。
「自分のためにも必要な事だ」と他者からではなく自らが感じ取って習慣化にならない限りは息切れを起こすでしょう。
内発的動機の欠如
(Deci & Ryan, 1985)
「楽しい」「意味がある」「自分で選んだ」といった内側から湧く動機が弱いまま強制的に作業を続けると、以下のリスクがあります。
・モチベーションの減衰
・燃え尽き症候群のリスク上昇
・自律神経の乱れや慢性的ストレス反応
また、作業興奮に関わる脳内報酬物質であるドーパミンは「刺激」には反応しますが「継続的努力」には馴染みにくい特性があります。
そのため、ドーパミン依存型のモチベーションでは継続が難しく、報酬が得られないと一気に意欲が落ちる傾向があります。
(Maslach & Leiter, 1997)
(Sapolsky, 2004)
燃え尽きの危険性がある
ほかの記事で紹介していますが「頑張るはエネルギーの前借り」という著者の八木仁平さんの言葉があります。
作業興奮という「気合に頼った頑張り方」は、無いエネルギーを振り絞って出す行動にあたるため、心身には負荷がかかっています。
この気合で何とかする方法は好きとか嫌い・楽しい楽しくないを無視して思考停止で体を動かす行為にあたります。
思考停止で体を動かすだけで済むのならここまで問題視しません。
しかし、このように作業興奮の使い過ぎはこんなメカニズムが起こります。
「嫌だけどやる」→「心身の緊張が続く」→「交感神経優位が慢性化」→「燃え尽き症候群」
これは非常に恐ろしいです。
「はぁ?昔からあるやり方に不満があるのか?燃え尽きのどこが問題なんだ?頑張って疲れ切ることぐらい日常茶飯事だろ。そもそも証拠あるのか?」
私のブログは問題指摘→問題である証拠提示までがセットです。
そして、誰でもすぐできる簡単な解決策があれば開示もします。
作業興奮の過剰使用
(McEwen, 2007)
行動を「やりたくないけど無理やりやる」状態で継続すると、脳と体はこのように反応します
脳内のメカニズム
意欲を抑制して無理に行動させる際、扁桃体が持続的に刺激され「危険」「緊張」信号が強化される。
視床下部‐下垂体‐副腎系(HPA軸)が活性化され、コルチゾール(ストレスホルモン)が慢性的に分泌される。
これが「交感神経優位の慢性化」にあたります。
これは「やる気」ではなく、脳が緊急モードに入ってしまっている状態です。
(Sapolsky, 2004)
燃え尽き症候群の医学的定義と問題点
WHOによる正式な疾患分類
世界保健機関(WHO)は、2019年に燃え尽き症候群を「職業上の慢性的ストレスに起因する症候群」としてICD-11(国際疾病分類)に正式登録しました。
特徴的な3症状
・エネルギーの枯渇または消耗感
・仕事に対する心理的距離の拡大、または否定的・冷笑的感情
・職務上の能率低下・自己効力感の喪失
これは決して「単なる甘え」ではなく、医療・保健の対象となるべき深刻な状態です。
燃え尽き症候群による精神疾患のリスクを無視して作業興奮を強いる事は、相手の人生を破綻させる可能性のある行為です。
私のブログでは、万が一鬱になってしまった場合には復帰まで数年単位かかることがあるという話を、何度もお伝えしています。
しかも、気合で乗り切ろうとするようなエネルギーを振り絞る行為を続けていく中で報われなかった体験をするとそれが引き金となり、一気に燃え尽きる可能性もあります。
この燃え尽きはあらゆる面において無気力を生じさせ、未来すらつまらなく思わせる事があり、その感情につられて判断をミスることもあるため、めちゃくちゃ危険です。
そのため、燃え尽き症候群の危険性を知り、制度を見直した例も存在します。
皆さんもおそらく知っている大企業のトヨタは2017年から社員の燃え尽き防止を目的に「昼寝制度」「柔軟な勤務体系」を導入しました。
結果、生産性が向上していることを報告しています。
GoogleやMicrosoftも「ウェルビーイング向上=生産性向上」として、心理的安全性の高い職場づくりを重視しています。
燃え尽き状態では、脳の前頭前野が萎縮したり、活動が低下したりすることが観察されています。
Van der Linden et al. (2005)
研究例
・バーンアウト患者は実行機能(判断力・自己制御・意思決定)において有意な低下を示した。
・長期間のストレスや燃え尽きにより、感情調整能力や反応抑制能力の低下が見られる。(極端な気分の浮き沈みの元です。)
・慢性的なストレスは前頭前野の機能を著しく低下させ、注意力・意思決定の誤りを引き起こす。(「なんでこんなミスするの?」「え、なんでそれ選んだ?」が増えます。)
Golkar et al. (2014)
Liston et al. (2006)
無気力とドーパミン報酬系の障害
Treadway & Zald (2011)
「やる気が出ない」「未来がつまらない」と感じる状態は、脳のドーパミン報酬系(中脳辺縁系)の働きの低下と密接に関係しています。
研究例
・慢性ストレスによりドーパミンの合成・分泌量が低下し「報酬予測(未来の楽しみ)」に対する感受性が鈍る。
・やる気や報酬への反応が乏しくなった個体は、長期的目標よりも即時的・低労力な報酬を選ぶ傾向が強まった(実験動物・人間両方)
Salamone et al. (2007)
無気力状態だと短期快楽を求める
McEwen (2007)
長期的なストレスや報われない努力を続けると、脳は「どうせ意味がない」と判断し、短期報酬(食欲、ゲーム、SNS、酒など)に依存しやすくなる構造的変化が起こります。
研究例
・HPA軸の過剰刺激により、扁桃体の感情反応は過敏化し、同時に前頭前野の行動抑制機能が低下する。(我慢が利かなくなるんですね。)
・慢性的なストレスによって、前頭前野は活動を抑えられ、報酬系(側坐核、腹側被蓋野)への衝動的な依存が高まる。
Arnsten (2009)
まとめ
さて、ここまでではまだ「気合で頑張れ」といった作業興奮に頼ることが落とし穴である理由を2つまでしか紹介できていません。
ですが、内発的動機と結びつかなければ意味がない、燃え尽きるといった状態に発展し、その状態がどれだけ危険であるかを解説しました。
①作業興奮はあくまでもスタートダッシュの話
②その後「楽しさ」などを見出して自分から意欲が湧かなければ意味がない
③無理やり作業興奮に頼ると燃え尽きる可能性がある
④燃え尽きは判断能力の低下や注意力を低下させる
⑤その結果、短期的快楽に依存するようになったり、誤った判断をして人生が狂う可能性がある
情報量が多かったですよね?
それでも
「え、3つ目の落とし穴は?やる気が無いって誤解なの?」
「頑張りどころなんてってないってこと?」
と、気になるかもしれません。
ここで終わらせないためにも、続きは後編でお届けしています。
それでは、今回はここまでになります。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
参考文献
『スマホ脳』アンデシュ・ハンセン
『やる気に頼らず「すぐやる人」になる37のコツ』大平信孝
『スタンフォードの自分を変える教室』ケリー・マクゴニガル
『脳科学は人格を変えられるか?』中野信子
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