嫌な事柄も、理由を論理的に説明できれば罪悪感なく自信が持てて言語能力も上がる

この記事は約7分で読めます。
この記事のエビデンスレベルはです
この数字はAI(ChatGPT)による情報源の分析結果と著者の評価を基に設定しています。元となる参考文献は記事内に掲載しています。(ショートブログ除く)

誰でも、嫌いな事ってありますよね。

私も、嫌いな事、場所、人など挙げだせばきりがない事柄がたくさんです。

ところでその一つ一つを、多少は論理的に語れますか?
誰かに納得してもらえる形で説明できますか?

今回はその言語化能力の大切さをお届けします。

自己理解と自己主張 エビデンスレベル2

嫌いな事に対して感情的に反応するのではなく、なぜそれが嫌いなのかを論理的に分析することで、実は自分の感情をコントロールしやすくなる効果があります。

これにより、他人との関係などにおいても冷静に対処できるようになります。

私はできるようになっていますが、それによって変に罪悪感を抱く事が無く
「自分だけが悪いわけじゃない」
「自分は本当に悪いのかな?」
「ここに配慮が無いんだったら私のような人間に嫌われることも当然だよね?」
と、気付く力が養われました。

ただその代わり、一度嫌いになると説得不可能と思われるぐらい周りには気を遣わせてしまう事もあります。

自己理解と自己受容の重要性
心理学の研究によると、自己理解を深めることが個人の精神的健康幸福感大きな影響を与えることが分かっています。
自己理解が進むことで、感情の調整がしやすくなり、より健全な自己認識が得られるとされています。
また、自己主張を行うことはストレス軽減に繋がり、個人の自己効力感を高めるとも言われています。

Schlegel et al., 2011
Bandura, 1997

論理的思考と感情のコントロール
論理的に感情を処理することは、感情の自己調整を促す方法の一つです。
自己調整に関する研究では、感情を表現する方法を理性的に選ぶことで、過剰な反応を防ぎ冷静に対処する能力が向上することが示されています。

Gross, 2002

罪悪感の軽減 エビデンスレベル3

感情的に「嫌い」という気持ちを持っていると、罪悪感や自己嫌悪を感じることがありますよね。
例えば、その事柄に対して良い面を見つけた場合などは

「自分の知見が浅いのかも・・」
「自分の許容範囲が狭すぎるのかも・・」

といった自己否定が浮かぶことも。

しかし、それでも嫌いである理由を論理的に持っておく事で「嫌いな理由」正当であると認識でき「これはこうなんだから良い部分はあるだろうけど嫌いなんだよね・・」と、自分の感情を受け入れやすくなります。
これが結果的に、無駄なストレスを減らすことができます。

「言語化できないけど嫌い」という感情をもち「自分が我儘だから・・」と自己否定し、苦しんでいる人は少なくないのではないでしょうか。

なぜ嫌なのか、まずは我儘でもいいので言葉にしてみてください。

罪悪感と認知行動療法
認知行動療法(CBT)の理論では、感情的な反応に対する思考の変化が重要だとされています。
特に「罪悪感」などの感情は、自己批判がある事によって引き起こされることがあります。

これを論理的に整理し、自己正当化できる理由を見つけることで、罪悪感が軽減することが知られています。

Beck, 1976

言語能力の向上 エビデンスレベル2

「言語化した方がいいなんて言われても語彙力ないし難しすぎるよ」

言語化のハードルを高く感じているのではないでしょうか。

誰でもわかる言葉に変換して伝えられる状態にするだけです。

AIの見解

頭の中にある考えや感情、直感などを、言葉で表現すること、具体的に説明すること、伝達することです。
つまり、言葉にすることで、他人にも理解できる状態にすることです。

と返ってきます。

だからこそ先ほど書きましたが、まずは我儘でいいので嫌だと思う理由を独り言でいいので話してみてください。
口にするのが苦手なら文章でもOKです。

「仕事が嫌!」「なんで?」

・決まった時間に起きるのが辛い
・自分の時間がない
・働くわりに手元にお金が全然ない
・嫌いな人がいる

これだけでも十分言語化です。

更にここを
・なぜ起きるのが辛い?
・なぜ時間がないと感じる?
・なぜ手元にお金がない?
・なぜその人が嫌い?
というのを具体的に掘っていくとそれも言語化で、やがては「論理的に嫌いなんだ!」と語れるようになります。

「仕事が嫌いな理由を論理的に語ったところで甘えだろ(笑)そんなの皆だわ(笑)」

論理的に考えられるようになったところで原因が浮き彫りにも拘らず対策や工夫を講じなければその通りでしょう。

しかし、言語化する事で原因が明確になり、対策や工夫ができる事とそれができない範囲がハッキリわかります。

やれる事をやった。もしくは他にも耐えている事がある上で「論理的に嫌い、ここでも耐えろは無理」というのは自己理解が進んでいる証拠です。

「じゃあどうしようか」を考えられるステップに来ています。
これは甘えではなく分岐点が近い合図です。

論理的に考え、感情を説明するためには、自分の考えを明確に言葉で表現する必要があります。
この積み重ねで言語能力が向上し、他者との議論やコミュニケーション能力が向上します。

特に感情的な対立を避け、建設的な対話を行う能力が養われます。「つまんな」「萎える」「うざ」「だる」「めんどくさ」「もういいよ、はいはい」などの反論にすらなってない負け状態になりづらい事を指します。

言語能力と認知発達
言語能力の向上には、論理的な思考が深く関係しています。
言葉を使って自分の感情や意見を整理する過程は、認知能力を高めるだけでなく、感情的な調整にもつながります。
言語化することで、感情的な反応をコントロールしやすくなるため、より効果的なコミュニケーションが可能になります。

Vygotsky, 1978

自己表現と脳の働き
自己表現を行うことは、脳内での自己認識を強化することが示されています。
特に自分の考えや感情を言葉にすることで、脳の前頭前皮質(判断や意思決定を司る部分)が活性化され、認知的な整理が進むことがわかっています。
このプロセスが、言語能力の向上にも寄与します。

Kuhl, 2000

論理的思考ばかりする落とし穴 エビデンスレベル3

さて、かといって何でもかんでも論理的に考えまくればいいわけではありません。

危険視される正論マンになってしまう可能性もありますし、感情を抑制して論理的な考え方ばかりにとらわれると、心理的および身体的健康に悪影響を与えることがあります。

例えば「嫌いは嫌いなんだけど論理的に説明ができない・・」これは苦しいですし自分の感情が間違っているのかもと錯覚しやすいです。

そのため、感情を理論的に整理しつつも、適切に表現し解放することが重要です。
また「嫌いなものは嫌いじゃ!!」と、思考を放棄して感情に従い、ふっきれる事も悪い事ではないんです。

そしてもう一点、対人においては気を付けておきたい事があります。
これは私も課題です。

人を論理的に嫌いになりだすと、全てを嫌いになるパターンがあります。

良い部分が見れなくなり、その人自身を全否定する事があり、それが時に周りにも圧力をかけてしまう事があります。

「もし何かやらかして嫌われたらボロクソ思われるかもしれないから遠ざけよう・・」

と、敬遠されることもあるでしょう。

また、その人を部分的には好いている人すら敵に回し、面倒な事になる場合もあります。

論理的に説明できているのに「主観が強い人」と認識され「多角的な視点が持てない人」とされてしまい、それがやがて「自分が正しいと思ってる人」と誤解され、嫌われる原因にもなってしまいます。

「この部分は理解できる」
「この気持ちはわかる」

と、冷静に一つ一つを見る事ができれば、ちゃんとフェアに考えている人という見方をされます。

共感と感情的共鳴
他人に対して過度に批判的になることは、対人関係において摩擦を生む原因となります。
共感的なコミュニケーションストレスや対人関係の不調を減らすことが知られています。

自分の感情を整理することは大切ですが、相手の視点に立ち、共感を持つことも忘れずに行うことが、より健全な人間関係を築くために重要です。

(Batson, 1991)

まとめ

嫌いという感情はごく自然な感情です。

否定する必要はありません。抱いてもいいんです。

ですが、根拠がないと自分の感覚がズレているのかも自己批判をしてしまいかねません。

そんな時、なぜ嫌いなのかを説明できるようになれば正当に物事を判断する能力が付きます。
まずは我儘でいいので言葉にしてみる事をお勧めします。

その我儘が許容されるべきなのかどうかは、次第に色々な情報を得てわかるようになります。
しかしその情報も、まずは言語化をして自分の心の声に気付かない事には情報を情報として受け取る事もできません。

言葉にできてない状態でモヤモヤしているのなら、まずは一言だけ、言葉にしてみませんか?

今回はここまでになります。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

参考文献

『自己肯定感の教科書』中島輝

『スタンフォードの自分を変える教室』ケリー・マクゴニガル

『嫌われる勇気』岸見一郎、古賀史健

『言葉にできるは武器になる』梅田悟司


コメント

タイトルとURLをコピーしました