「頑張れ」って時に鬱陶しく、辛くないですか?~「頑張れ」が秘める隠れた攻撃性~

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矢沙玖
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※著者は資格者ではありませんので、お読みいただいて効果を保証するものではございません。

こんにちは、矢沙玖です。

「私のブログへようこそ!この記事を頑張って読み進めてください!記事で得た知識で人生を良いものにしてください!あなたならできます!頑張ってください!!」

こんなことが冒頭にあったらめっちゃうざくないですか?ならウゼェーってなります。2秒で記事閉じます。

「頑張れ」と言う言葉でもそうですが、熱い言動をかけられたときに、鬱陶しいと感じたり場合によっては憂鬱になる事、ないでしょうか。

周りは励まそうとしているのかもしれませんが、既に頑張っている人にとっては、むしろプレッシャー重荷になることが多いです。

また「頑張れ」という言葉は、人によっては「今が頑張り足りないから言われている」だとか「今の生活を変えなければいけないのか?」と解釈することもあるため、鬱陶しさを抱くんですよ。

これは防衛本能からくる思考でもあるので、自分のことをやる気がないだとか否定しないようにしてください。

なぜ「頑張れ」という言葉が辛いのか?

「頑張れ」は努力を奨励するポジティブな言葉として捉えられることが多いですが、当然、受ける側の状況によっては逆効果となる場合があります。

特に、既に頑張っている人にとっては「もっと頑張らなければならない」という暗黙の要求に聞こえるのです。暗黙の要求・・嫌な言葉ですねぇ、うざいですよねぇ、干渉してくるなって思いませんか?

既に頑張っている人への悪影響

「まだ足りないのか」と感じる

自分では限界まで努力していると感じている場合、「頑張れ」という言葉は自分の努力が認められていないように感じさせます。

「これ以上、何を頑張ればいいの?」と戸惑うことも。


休む余裕がなくなる

頑張れという言葉は、心の休息を許さないメッセージとして捉えることがあります。結果として心が疲弊し、燃え尽きる危険性があります。


自分の限界を見失う

頑張り続けることで、どこまでが自分の限界なのかが分からなくなります。

疲れ果てているのに対し、無理を続けてしまうこともあります。

自分なりの生き方ややり方を決めている人への悪影響

過干渉に感じる

当たり前ですが、生き方にしても、仕事の仕方にしても、人との関わり方にしても、個人の考えの基で決められた習慣があります。

そこに励ましであろうと言葉をかけることは、個人が決めた境界線を越えることもあり、そう感じた場合は過干渉と認識することは普通です。

例えば、昼に起きて十分に活動できているのに

「朝から起きて動いた方が人生得だよ、簡単だしちょっと頑張ってみたら?」
大きなお世話ですね。個人がそれが必要だと解釈したら勝手にそうなります。

というのが過干渉にあたります。

言ってしまえば私のブログもおせっかいであり過干渉です。

本当に私からの情報を必要とするほど、心の傷に悩んでいて解決したい緩和させたい。という方以外から見たら、鬱陶しいことこの上ないでしょう。

しかしそれが普通なんです。

自分の習慣を指摘される億劫さ

過干渉だなぁとは感じずとも「一応このスタイルをなんとか見つけたんだけどなぁ・・」という億劫な気持ちを抱くこともあります。

自分の意志でもないのに自分のやり方を変える事って実はすごくストレスだったりします。

これは、自己決定理論という概念と自律性の侵略という理論を用いて説明ができます。

自己決定理論

自律性(Autonomy)
自分で選択し、行動をコントロールできると感じること。
例:自分で学ぶ内容や方法を決められる環境。
有能感(Competence)
自分が能力を発揮し、成功や成長を実感できること。
例:適切な挑戦と成功体験が得られる。
関係性(Relationness)
他者とつながり、受け入れられていると感じること。

エドワード・デシ/リチャード・ライアン
「モチベーション3.0」(ダニエル・ピンク)

自律性の侵略

自律性の低下

「他人の期待に応えるために行動しなければならない」
という感覚が生まれ、自分の意思で行動している感覚が薄れる
抵抗感や反発心
自分の行動が外部からコントロールされていると感じると、心理的な抵抗が生まれやすくなる。
動機の低下
内発的動機づけ(自分がやりたいから行動する動機)が減少し、外発的動機づけ(他人に期待されるから行動する)が主になる。

『「やる気」の心理学―自己決定理論とは何か』エドワード・L・デシ、リチャード・M・ライアン
「モチベーション3.0」(ダニエル・ピンク)

めちゃくちゃ簡単に要約します。

人は自分で考えて決めて行動することが幸せにつながるのに対し、人から言われて行動を変えたりすると自分の人生を生きていない。と萎えて、幸せではなくなってくる。

という事です。

頑張り続けると燃え尽き症候群になる

燃え尽き症候群

過剰なストレスやプレッシャーに長期間さらされることが原因で発症します。

症状として、心が完全に疲弊し、やる気やエネルギーが枯渇する状態になります。

これを無理に頑張り続けると、心身の健康を損なうリスクが増大します。

そしてさらに、研究によれば「頑張れ」という励ましは短期的には効果があっても長期的にはストレスの原因となることが分かっています。
特に、感情的サポートや理解が欠如している場合「頑張れ」は逆に負担となり、ストレスホルモンであるコルチゾールの分泌が増加することが指摘されています。

友田貴子(埼玉工業大学)「うつ病の人に『頑張れ』と言ってはいけない」をテーマとした研究
茨城大学からの研究

この事から、無責任な「頑張れ」凶器であり無視すべき言葉だという事がわかりますね。

「頑張れ」を受け入れる前に、どんな背景を基に言われたのかを知ってみるのは、心を守るうえで非常に重要です。

燃え尽きからくる「頑張りたくない」という感情は自然

さて、ここまでの解説があるからこそ

「嫌です」「頑張りたくありません」は正しい主張です。

「もう頑張りたくない」という感情は、決して怠惰弱さの表れではありません。

むしろ燃え尽き症候群にとっては、心と体が限界に達していることを示す重要なサインです。自己保護のために休む必要があると体が知らせてくれているんです。

冒頭でもお伝えしました。防衛本能からくる感情です。

しかし社会では「頑張ること」が美徳とされ、休むことに対して罪悪感を感じがちです。

当たり前ですが休息はパフォーマンスを維持するために必要不可欠です。

疲れたときに無理をし続けることは、長期的に見て効率を落とす結果に繋がります。

だからこそ、面倒事に巻き込まれない範囲で頑張らないようにし、NOを言えるようになる必要があるんです。

最後に、NOを言いやすいように、無理に頑張らなくてもいいようにする方法をお伝えして記事をしめます。

「もう頑張りたくない」と感じたときの対処法

自分の感情を受け入れる

「頑張りたくない」と感じることは、自然な感情だとお伝えしました。

既に頑張っていて、休息のサインが出ているからでしたね。

だからこそ、それを否定せずに、まずは自分の気持ちと状態を認め、許すことから始めます。

「今の自分は頑張っちゃいけない時」という期間があることを認識するだけでいいですよ。

周りに伝える

頑張れという言葉にプレッシャーを感じていることを、周りに伝えることも重要です。

「今はもう十分頑張っているので、少し休みたい」素直に話すのも大切ですよ。

理解を得られたりサポートを得られるかもしれません。

むしろそこを強要する人がいれば「ヤバい人みーつけた!」と距離を取るべき相手を見つける事にもつながります。

休息を取ることを優先する

無理をしてさらに頑張ろうとせず、適切なタイミングで休息を取ることが、結果的に自分のためにも周囲のためにもなります。

定期的に休息を取ることで、心と体が回復し、再びエネルギーを持って取り組むことができます。

もちろん適切な休息ですよ。娯楽にのめりこむことが休息とは限りません。

まとめ

いかがでしたか?

「頑張れ」という言葉に対して鬱陶しさを覚えることは自然で、科学的にも実証されています。

鬱陶しさにとどまらず辛さを感じる場合は、心や体が「これ以上は無理」と訴えているサインだという事も疑ってください。

すでに頑張っているのに、さらに頑張る必要はありません。

そして、休むこともまた大切な選択肢であり、誰かにそのことを伝える事も、決して弱さではありません。

もちろん頑張るべき時もありますし、あなたを思っての激励である事も少なくないですが、自分の限界を知り、休むことを許すことも健康的な生活を送るためには重要です。

今回はここまでになります。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

参考文献

「モチベーション3.0」(ダニエル・ピンク)

「バーンアウトの心理学」(久保真人)

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